Aoyama School of Japanese
ご無沙汰してます、校長先生。外語大のチンです。
1990年青山スクールを卒業した後、外語大の日本語学科に入ったチンです。覚えておいででしょうか。
今年、青山スクールは30周年を迎え、おめでとうをいとこと言わなくちゃと思ってメールを。
先生、お元気ですか。奥さん、お元気ですか。郁太郎さん、お元気ですか。先生たち、お元気ですか。
わたしは元気です。広告代理店で働いています。儲かってませんが、楽しくやってます。
日本から台北に戻ってから一度も日本に行ってません。なぜでしょうね。
海外にはしょっちゅう出かけてますけど、どうも日本には行くチャンスがないんですね。
というか、日本の順位はいつも3番が4番になってしまうから、結局気がついたらもう10年以上も日本に行ってません。
そして、毎年の年賀状、ありがとうございます。恐縮に思いながらこちらから一度も年賀状を出したことがないんです。
お恥ずかしいことでございます。
中国の旧暦正月も終わったばかりのことで、ここで、あけましておめでとうございます、言わせてください。
そして、これから青山スクールのご繁盛......いや、商売じゃないから、う〜ん...ご活躍、いや、活躍は人を形容することだから、青山スクールの何
を祝えばいいでしょうかな〜、日本語が下手なもので申し訳ありません、それじゃ、皆さんがご健康でありますようお祈りしましょう。
卒業生 陳靜慧 (台湾)
青山スクール オブ ジャパニーズへ
中西校長先生、先生方への感謝の意を込め、青山スクール創立30周年記念に対し心よりお慶び申し上げます。
青山スクールは小さい学校ですが、外観の美しさより、実を結ばせる教育精神をしていらっしゃると思います。学校が小さいからこそ、学生達それぞれの進度に
応じて指導しています。経験に富んだ優れた先生方がそろっていて、教えていただくことが分かりやすく、基礎をしっかりと固めてくださいます。また単に、日
本語を教えるだけでなく、積極的にホームステイ、小中学校との交流会などの活動を催し、日本の文化や日本人の観念を伝える努力に勤めています。本当に頭が
下がる思いです。
まもなく日本語学校卒業後の2年間の専門学校の生活が終わり、卒業式に臨みます。思い出してみると、この3年間は紆余曲折の生活でした。時には途方に暮
れたこともありました。この心細い生活はようやく幕を下ろします。これからは、新たな挑戦ですが、もうすでにその第一歩を踏み出したと確信します。この
間、諦めようかと思った私に、幸いにして校長先生や先生方に色々な相談に乗っていただいたり、助けていただいたり、友達が応援してくれたりして、今まで支
えられてきました。それは、これからの力の原動力になります。改めて友達、先生方、特に校長先生へ心から感謝申し上げます。
30周年に当たりまして、衷心よりお祝いを申し上げます。青山スクールが今後とも更に発展されますように願ってやみません。
卒業生 フランキー (香港)
平成18年2月15日
2004年3月
私は青山スクールで1年3ヶ月コースを勉強したヨウカベンです。お世話になった担任の先生の柏木先生でした。この学校に入ったのは平成2年の1月でした。
私にとっては日本語だけの授業が受けられてうれしかったです。私は青山スクールに入学する前に普通の学校を出ました。
青山スクールにはいって季節の移り変わりとともに色々な思い出が出来てうれしかったです。清水市のホームステイなどは印象的でした。アルバイトでめったに
遠足に参加しなかった私にはとても良い勉強にもなりました。こういった出来事を通じてますます視野が広がったように感じました。
クラスメートはみんないろいろな国から来たので何か日本文化どころか世界文化の入り口に立った感じもしました。特に、時が立つとともに生き生きとした日本
語をいつの間にかクラスメートの間に使うようになったころです。最初、授業を理解できない日が多く試験を受ける前に再テストばかり考えておいた私でありま
した。私にとっては順位よりクラスメートと学校生活を楽しくわかちあえたことが一番よかったです。
青山スクールでは、進学相談どころか卒業後でも専門学校に提出する「作文」まで添削してくださった担任の先生に感謝します。もちろん、いろいろな授業が受
けられたからこそ、作文らしいものが書けるようになったのだろうと思います。
日本語は私の少年時代の思い出だけじゃなくて自分を探す言語でもあったのです。青山スクールで授業がうけられたことから何か自分の進路を身近に感じとった
のです。おかげで帰国した後でも日本語をこなしながら暮らしています。
卒業生 ヨウカベン (マレーシア)
青山スクールオブジャパンニーズ設立三十周年 おめでとうございます。
私は 1993年で 青山スクールを 卒業した ホンコンのリッキーと申します。 今年 2月8日 十三年ぶりに 青山スクールにもどりました。
学校の住所が 変わりましたので ちょっと探していました。 今 生徒の皆さんが 想像できないかもしれませんが
昔の学校は 木でできて とても 古い学校でした。
あの時 冷蔵庫は少し 古いモデルでした。(そう 書いてしまって すみません)
キチンに給湯器はありましたが、数は たくさんではありませんでした。
ノートパソコンのどころか デスクトップさえ見えませんでした。
遊びの施設は ありませんでした。 今の学校は コンクリートで できました。
冷蔵庫は 変わって ハイテックイメージ大型冷蔵庫になりました。
給湯器の数は 前より 著しく 増えてきました。
生徒達が ご自由に使えるノートパソコンが 2台ほど置いてあります。
卓球台も 揃っています。 時代がどんどん 進んでいて より 今の皆さんが 幸せになってきました。
でも 決して 昔 私のような生徒達が 不幸だという意味ではありません 幸せです。
今の皆さんと同じように 青山スクールの先生の方々から
親切に 日本語をお教え頂き、適切な授業を 受けまして きちんと 日本語の基礎が 良く出来ました。
そのお蔭様で 帰国後 仕事上には かなり 役に立っていると思います。
校長先生、先生の方々へ 深く 感謝しております。
卒業生 リッキー (香港)
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